小説を読んだ。10年ぶりに。

小説を読んだ。
おそらく10年ぶりぐらいか、それ以上になる。

小説を読まなくなったことに特別なきっかけもなかったと思う。そんなだから、最後に読んだ小説がなんだったかも思い出せない。
いつしか読まなくなって、その期間が思いのほか長くなった。

とはいえ、本自体を読まなくなったわけではない。この間にも、人並みかそれ以上には読んできたと思う。
自分の専門分野である人事関連の書籍や経営の本など、とにかく、主として「知識を増やす」ための本だ。「実務書」「実用書」とでも呼ぶのだろうか。

それらを読むだけでもじゅうぶんにおもしろくて、かつ、読みたい本はどんどんと積み上がっていくため、当面小説の出番はないように思われた。
実際のところ、知りたいことは増えていく一方だし、私の手元には買っただけでまだ手を付けてない「実用書」が数十冊はある。どうしましょう。
(余談だが、「脱・積ん読王選手権」をいつかやりたいと思っている。略してD2O。)

とにかくそういったわけで、「もう二度と小説を読むことはないかもしれないな」とさえ思っていた。読みたいと思う作品もなかったし。
まぁ読む気がなかったのだから、読みたい作品がなかったのは当たり前ではある。

で、今回相当久しぶりに小説を読んだわけだが、それにも、特にこれといったきっかけがあったわけではない。
ただなんとなく、SNS等でインスタントな言葉を集中的に摂取したため、久しぶりにきれいな文章を浴びたくなったのだと思う。
ジャンクフードが続いたあとに、健康的で美味しい食事をしたくなったようなものだ。たぶん。

もちろん、実用書できれいな文章を読めないかというとそうではないのだが、それは「正しい言葉づかいの文章」や「正しく役に立つ文章」であって、今私が欲していたのはおそらくそれではなかったということだろう。
先の例に照らせば、「健康的ではあるが美味しさにはやや欠ける」みたいなことか。知らんけど。

あぁ、この文章を書くのにもそろそろ飽きてきたぞ。スマホで書いてるからね。なにより、私は飽きっぽいのだ。

(中略)

で、読んだ。
たぶん10年ぶりぐらいに、読んだ。

何も言うことはない。
大好きな作家の大好きな作品だ。

もしかすると、祖父が亡くなったあとに彼の本棚から借りたままの一冊であるという事実が、この本を私にとって特別な存在にしている、ということはあるのかもしれない。

藤原伊織『テロリストのパラソル』

とにかく、読んで、なにか書きたくなった。
ただそれだけのことだ。

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